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東京高等裁判所 平成12年(行ケ)69号 判決 2000年7月11日

原告

中外道路株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

【F】

【G】

【H】

【I】

被告

特許庁長官【J】

指定代理人

【K】

【L】

【M】

【N】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成10年審判第12555号事件について平成12年1月7日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実(争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成8年3月6日、意匠に係る物品を「道路用伸縮継ぎ手」とし、平成8年意匠登録願第6270号を本意匠とする類似意匠(以下「本願意匠」という。)について、意匠登録出願(平成8年意匠登録願第6271号)をしたが、平成10年6月8日に拒絶査定を受けたので、同年8月7日、拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成10年審判第12555号事件として審理した結果、平成12年1月7日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年1月26日に原告に送達された。

2  審決の理由

別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)のとおり、本願意匠(審決書別紙第一参照)は、本願意匠の出願日前の平成6年11月7日に出願され、平成8年5月10日に設定登録がされた意匠に係る物品を「道路橋継目部ジョイント」とする意匠(意匠登録第921870号類似第3号の意匠、以下「引用意匠」という。審決書別紙第二参照)に類似するものであり、意匠法9条1項に規定する最先の意匠登録出願人にかかる意匠に該当しないものであるから、意匠登録を受けることができないと判断した。

第3原告主張の審決取消事由の要点

引用意匠が審決認定のとおりのものであること、本願意匠と引用意匠との間に審決認定のとおりの共通点及び差異点があることは認めるが、審決は、この共通点及び差異点に対する評価に関して、本願意匠と引用意匠の各々の要部の認定を誤っために、両意匠の差異点が類否判断に与える影響についての判断を誤り、その結果、類否の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

1  共通点に対する評価の誤り

(1)  引用意匠は、その出願前に存在する意匠とは類似せず意匠法3条規定の意匠登録の要件を満たすとして登録され、本願意匠は引用意匠と「互いに類似する」として後願意匠の故に意匠法9条1項により拒絶査定されている。同項の本来の趣旨は、共に登録を受ける権利を有する者がした二以上の出願があったときに、権利の重複を回避すべく先願優位の原則の下に出願の競合を調整することにあると言われている。したがって、本願意匠を登録すると、本願意匠と引用意匠とが互いに権利が重複する関係になるというのであれば、引用意匠の要部を適切に把握する必要があり、それによってはじめて、本願意匠と引用意匠とが権利重複の関係になるか否かの判断をすることができる。

もちろん、意匠法における意匠とは、物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるものであり(意匠法第2条第1項)、意匠の創作として秩序立てられた一つの全体形態としてのまとまりをいうのであるから、全体の中からその一部の形態に限定して類否判断をすることは許されるものではない。全体を通して意匠の要部を観察し、意匠の要部を通して全体を観察しなければならない。しかし、意匠法9条1項の適用に当たっては、その規定が権利の重複を回避する趣旨で定められたものであるから、意匠の要部が特に重要となり、意匠の要部を把握しなければ適切な全体観察はできず、適正な法の適用は期待することができない。

(2)  審決は、本願意匠と引用意匠との共通点として、(イ)平面視して略台形状に折曲した凹凸が連続する略帯状の波形板2枚を一定間隔の隙間を設けて立設した点、(ロ)この隙間の上端部分には中央を凹溝状に形成した伸縮部材を設け下端部に底板を設けた点、(ハ)波形板の凹状部の略中央寄りの部位には先端を下方に向け略L字状に折曲した補強棒を、凸状部略中央のやや下方寄りの部位に直状の補強棒を水平に突設した点、を挙げている。

しかし、これらの点は、審決も「本願の意匠の出願前より、この種の道路用伸縮継ぎ手の意匠にあっては、引用意匠のみならずその余にも見受けられるところであって、両意匠のみに限られた形態上の特徴を現しているとはいい難い」(審決書4頁11行ないし15行)と認めるように、引用意匠に独自のものではない。

すなわち、引用意匠の出願前には、実公昭57-2484号公報第1図、第2図所載の意匠(甲第5号証、昭和57年1月16日公告)、特公昭57-20441号公報第10図所載の意匠(甲第6号証、昭和57年4月28日公告)、橋梁用伸縮装置標準図面集第Ⅱ集〔5-2〕頁所載の意匠(甲第7号証、昭和58年11月発行)、橋梁用伸縮装置標準図面集第Ⅳ集〔13-13〕頁所載の意匠(甲第8号証、平成6年1月発行)が存在し、引用意匠はこれらの意匠と前記の(イ)ないし(ハ)の点で共通している。それにもかかわらず、引用意匠はこれらの意匠のいずれにも類似しないとして登録されているのである。

審決は、本願意匠と引用意匠とは、前記の(イ)ないし(ハ)の点で共通する全体の基本的構成態様が類否判断を決定づける支配的要素となると判断しているが、上述のとおり、前記の(イ)ないし(ハ)は、本願意匠と引用意匠とに共通する要素ではあるものの、引用意匠の出願前に存在する意匠も共通して備えている要素であり、本願意匠を登録するとすれば引用意匠と権利が重複することになるという判断の基礎にはなり得ない。換言すれば、前記の共通点(イ)ないし(ハ)は、この種の道路用伸縮継ぎ手の用途及び機能から表出する、この種の物品全体に通用する特徴、言わば物品の要部であり、意匠の価値を見定めるための意匠の要部とはなり得ない。意匠の要部は、意匠の本質的特徴が表出する、創作のあるところであり、さらにいえば、その創作が当該物品の用途、機能、あるいは形態的特徴を最も良く発揮させるところになされたとき、その部分が意匠の要部となると思料する。

また、仮に前記の(イ)ないし(ハ)が意匠法9条1項の適用において権利が重複するか否かの判断、すなわち、類否判断を決定づける支配的要素になるとすれば、本願意匠及び引用意匠は共に引用意匠の出願前に存在する意匠と類似するという結論にもなり、引用意匠がその出願前に存在する意匠に類似しないとして登録されている事実と矛盾する。

この点から、審決が本願意匠と引用意匠との共通点とした前記の(イ)ないし(ハ)が、意匠法9条1項の適用において類否判断を決定づける意匠の要部となり得ないことが明らかである。

(3)  被告は、この種の「道路用伸縮継ぎ手」の意匠にあっては、本件両意匠に共通する基本的構成態様以外にも、各種の基本的構成態様をなすものが多数存在し、それぞれの意匠ごとに、それぞれの意匠の要部が存在するのであるから、このことを前提にして審決は本件両意匠についての認定判断をしているのである旨主張している。

被告が「道路用伸縮継ぎ手」をどのように分類して「この種の」と述べられているのか不明であるが、被告の例示する乙第5号証の第17図、乙第7号証ないし第11号証に係る「道路用伸縮継ぎ手」は波形板を用いる本件両意匠とは異なり、車両の車輪にかかる荷重を横板又はゴム板によって受ける形式のものであって、これら乙各号証の意匠が共通点(イ)ないし(ハ)を備えていないことは「道路用伸縮継ぎ手」の形式が異なるのであるからむしろ当然である。

しかし、形式の異なるこれら乙各号証の意匠が共通点(イ)ないし(ハ)を備えていないからといって、本件両意匠の要部がこれらの共通点にあるということはできない。これらの共通点が本件両意匠に限られたものであればともかくとして、これらの共通点は被告も認識するように本件両意匠に限らず、引用意匠の出願前から存在する甲第5号証ないし第8号証に記載の意匠及び乙第1号証ないし第4号証に記載の意匠も備えているものである。

すなわち、共通点(イ)ないしは(ハ)は、これら甲号証及び乙号証から明らかなように、引用意匠によって初めて社会に提供されたものではなく、それ以前から存在するいわば周知の形態である。仮に、本件両意匠が共通点(イ)ないし(ハ)を備えているが故に、本件両意匠は互いに類似するというのであれば、換言すれば、本願意匠を登録すると、引用意匠に係る意匠権と重複する関係になるというのであれば、引用意匠の登録によってそのような周知の形態に対して排他独占的な権利が新たに設定されていることに等しく(意匠法23条)、意匠の創作を保護するという同法1条の趣旨に反することは明らかである。

2  差異点に対する評価の誤り

(1)  本願意匠と引用意匠は、審決も認めるとおり、その差異点として、①伸縮部材の断面形状について、本願意匠は、V字状であるのに対し、引用意匠は、U字状である点、②伸縮部材の両端部分について、本願意匠は、一端を内方へ略U字状に凹陥し、他端を外方へ略U字状に凸出して嵌合部を形成しているのに対し、引用意匠は、嵌合部を形成していない点、③底板について、本願意匠は、略台形状の底板を立設した略帯状波形板の凹部の下端のみに設けているのに対し、引用意匠は、立設した略帯状波形板の下端に略帯状波形板の波形の奥行きより細幅に形成した帯状の底板2枚を、中央に僅かな間隔を設けて長手方向に並べている点、④引用意匠は、底板の表面の略帯状波形板の凹部に接して低い小さな段状部を設けているのに対し、本願意匠は、なにも設けていない点、⑤本願意匠は、略帯状波形板の端部下端に接し略L字状を呈する係止金具を設けているのに対し、引用意匠は、この係止金具を設けていない点、が挙げられ、これらの差異点により、特に②の差異点により、看者に与える美感を異にするのである。

そして、前記の共通点及び差異点を総合して全体的に観察すると、本願意匠と引用意匠とは、共通点(イ)ないし(ハ)があるが、これらは、前記1のとおり、物品の基本的な構成態様の点で共通性があるにすぎないから要部とはいえず、本件両意匠の各々の要部は、差異点の①ないし⑤に求めなければならない。

すなわち、引用意匠の要部は、一定幅の帯状の底板2枚を、中央に僅かな間隔を設けて長手方向に並べるとともに、底板に低い小さな段状部を設けている点にあり、本願意匠の要部は伸縮部材の断面形状をV字状として、この伸縮部材の一端を内方へ略U字状に凹陥し、他端を外方へ略U字状に凸出して嵌合部を形成している点にあることは明らかである。

特に、本願意匠は、前記の差異点②のように、伸縮部材の一端が内方へ凹陥し他端が外方へ凸出して、伸縮部材の凹溝の両端に、引用意匠に限らず従前の意匠には全く見られない壁ができているので、この両端の凹陥部と凸出部とが看者に強い印象を与え(アクセント)、この両端の凹陥部と凸出部とが共鳴し合って、凸出部の方向への動勢があるリズム感を看者に与えるのである。

この点は、引用意匠に限らず従前の意匠が伸縮部材の凹溝の両端を開口させて開放的な印象を与える点と顕著に異なる点であり、前記の共通点(イ)ないし(ハ)を超えて、全体として看者に別異の美感を起こさせる差異となっている。

なぜならば、この種の道路用伸縮継ぎ手の意匠の類否判断においては、その需要者が、建設省、日本道路公団、地方公共団体等の道路橋担当者及び道路橋施工業者という技術専門家に限られているという特殊な事情があることを考慮しなければならない。そして、この種の道路用伸縮継ぎ手は道路橋の継目部に構築されるが、その場合の重要な事項は橋下への漏水対策であり、この漏水防止を担う伸縮部材はこの種の道路用伸縮継ぎ手の生命線ともいうべき部分である。このような伸縮部材に関し、本願意匠の伸縮部材両端の凹陥部及び凸出部は、伸縮部材の凹溝の雨水が隣の道路用伸縮継ぎ手の伸縮部材の凹溝に流出することを阻止するとともに、隣の道路用伸縮継ぎ手の伸縮部材の凸出部、凹陥部と嵌合することによって、隣り合う道路用伸縮継ぎ手の間からの漏水を防止する。意匠は物品の外観形態である以上、技術的事項そのものは意匠法の保護対象とならないが、この種の道路用伸縮継ぎ手の彼此商品の選択には技術的観点が強く支配することから、この種の道路用伸縮継ぎ手の生命線ともいうべき伸縮部材は、看者が最も注目する部位である。

しかも、本願意匠は、伸縮部材の一端のみが従前の意匠と異なる形態になっているのではなく、その両端が共に従前の意匠とは異なる形態になっていることから、願書添付図面の参考斜視図等から明らかなように、いずれの方向から本願意匠を観察しても、伸縮部材が従前の意匠とは異なる形態になっていることが、一見するだけで把握される。さらに、本願意匠の伸縮部材両端の凹陥部と凸出部とは、願書添付図面の平面図、使用状態を示す参考図等から明らかなように、道路橋の継目部に構築された後においても、路面に現れるものである。

したがって、本願意匠の伸縮部材両端の凹陥部と凸出部とは看者に強い印象を与え、この両端の凹陥部と凸出部とが共鳴し合って、看者に従前の意匠からは決して得られない美感を与えるといわなければならず、この点が本願意匠の要部である。

これに対して、引用意匠においては、前記差異点①のU字状の断面形状は甲第5号証や甲第6号証の意匠にもみられることから、前記差異点③及び④、すなわち、一定幅の帯状の底板2枚を、中央に僅かな間隔を設けて長手方向に並べるとともに、底板に低い小さな段状部を設けている点に引用意匠の要部があること明らかである。そうして、この引用意匠の帯状底板が全体に対して与える効果は、長手方向の直線感であり、小さな段状部が全体に与える効果は長手方向におけるリズミカルな反復感といったものである。この点、伸縮部材両端の凹陥部と凸出部とが共鳴し合って凸出部の方向への動勢があるリズム感を看者に与える本願意匠とはその美感が全く異なるものである。

(2)  本願意匠の要部である伸縮部材の両端の嵌合部について、被告は、乙第2号証及び第3号証に、本願意匠とほとんど同様の態様に現された図面が掲載されていると主張しているが、乙第2号証及び第3号証に記載の意匠は、本願意匠とは違って伸縮部材の断面形状がV字状ではなくU字状であり、また、その一端の凹陥部は底がなく下方に開口していて、本願意匠のように伸縮部材本体の底の上に凹陥部の底が設けられた二重底(本願意匠のF-F’線断面図参照)にはなっておらず、本願意匠が看者に対して乙第2号証及び第3号証に記載の意匠とは異なる美感を与えることは明らかである。また、乙第2号証及び第3号証に記載の意匠は実施されておらず、周知の意匠とはいうことはできない。

第4被告の反論の要点

1  原告の主張の1(共通点に対する評価の誤り)について

(1)  原告は、引用意匠について、甲第5号証ないし第8号証に記載の意匠と前記の(イ)ないし(ハ)の点で共通しているにもかかわらず、引用意匠はこれらの意匠のいずれにも類似しないとして登録されており、(イ)ないし(ハ)の点は、本願意匠と引用意匠とに共通する要素であるものの、引用意匠の出願前に存在する意匠も共通して備えている要素であり、本願意匠を登録するとすれば引用意匠と権利が重複することになるという判断の基礎にはなり得ないと主張している。

しかしながら、本件においては、本願意匠と引用意匠との関係において、その共通点及び差異点を比較検討することを通して類否判断をしているのであり、本願意匠と引用意匠との共通点の評価をするにあたって、該共通点を有する引用意匠の出願前の甲第5号証ないし甲第8号証に記載の意匠等を含む公知意匠の存在を参酌することは当然である。しかし、上記各甲号証の意匠が存在するか否かを検討することによって、既に設定の登録がなされている引用意匠の登録の是非を論ずることは、本件とは関わりのないことであって、それ自体失当といわざるを得ない。

(2)  原告は、共通点(イ)ないし(ハ)は、この種の道路用伸縮継ぎ手の用途及び機能から表出する、この種の物品全体に通用する特徴、言わば物品の要部であり、意匠の価値を見定めるための要部とはなり得ず、意匠の要部は、意匠の本質的特徴が表出する、創作のあるところであり、さらに言えば、その創作が当該物品の用途、機能、あるいは形態的特徴を最も良く発揮させるところになされたとき、その部分が意匠の要部となると思料すると主張する。

しかし、この種の「道路用伸縮継ぎ手」の物品分野にあって、本願意匠及び引用意匠に共通してみられる基本的構成態様のものしか存在しない場合はともかくとして、この種の「道路用伸縮継ぎ手」の意匠にあっては、本件両意匠の出願前より、本件両意匠に共通して見られる基本的構成態様のものが、例えば、乙第1号証の第1図及び第10図、乙第2号証及び第3号証の第1図ないし第7図、乙第4号証の第2図及び第8図に記載の意匠並びに原告提出の甲第5号証ないし第8号証に記載の意匠をも含め多数存在し、また、本件両意匠に共通して見られる基本的構成態様以外の各種の基本的構成態様のものも、例えば、乙第5号証(第1図、第17図)ないし第12号証(枝番を含む。)に記載の意匠等が多数存在し、それぞれの意匠ごとにそれぞれの意匠の特徴を表出しているものであるから、本件両意匠に共通してみられる基本的構成態様のものだけが、原告が主張するように「この種の道路用伸縮継ぎ手の用途及び機能から表出する、この種の物品全体に通用する特徴、言わば、物品の要部であり、意匠の価値を見定めるための要部とはなり得ない。」とはいえない。

したがって、この種の「道路用伸縮継ぎ手」の意匠にあっては、前記に例示したように本件両意匠以外にも各種の基本的構成態様をなすものが多数存在し、それぞれの意匠ごとに、それぞれの意匠の要部が存在するのであるから、このことを前提にして審決は本件両意匠についての認定判断をしているのである。

そうして、本件両意匠に共通して見られる全体の基本的構成態様を略同様とするものも本件両意匠の出願前より、例えば、乙第1号証ないし乙第4号証等に見られるように、周知の意匠として広く知られていることを考慮して、審決は、両意匠に共通するとした全体の基本的構成態様を「両意匠のみに限られた特徴を表しているとは言い難い」ものであると判断しているのである。しかしながら、本願意匠にみられる引用意匠との間のいずれの差異点についても、本願意匠の出願前より、乙第1号証ないし乙第4号証等にみられる構成態様を現しているものであり、ほとんど新規性が認められないから、意匠の創作としての観点からも評価することができないものであり、「両意匠間の差異点が以下に示す如く軽微で微弱な場合は、前記に共通するとした全体の基本的構成態様が、形態全体の基調を形成するところとなり、類否判断を決定づける支配的要素をなすところといわざるを得ない。」(審決書4頁15行ないし20行)と判断したのであり、この審決の判断に誤りはない。

2  原告の主張の2(差異点に対する評価の誤り)について

(1)  原告は、本件両意匠の各々の要部は、共通点(イ)ないし(ハ)ではなく、差異点①ないし⑤に求めなければならないと主張する。

確かに、差異点①ないし⑤に見られる本願意匠のいずれの部位の態様についても、本願意匠の出願前には全く存在しない新規な態様である場合には、原告の主張に妥当性があるものといえるが、差異点①ないし⑤に見られる本願意匠のいずれの部位の態様についても、乙第1号証ないし第4号証等に見られるごとく、本願意匠の出願前より周知の態様であることが明らかである。そうすると「共通するとした全体の基本的構成態様が、形態全体の基調を形成するところとなり、類否判断を決定づけ支配的要素をなすところといわざるを得ない。」(審決第4頁17行ないし20行)のであり、この点に対する審決の判断に妥当性がある。

また、原告は、差異点のうち①及び②を採りあげ、本願意匠の要部は伸縮部材の断面形状をV字状として、この伸縮部材の一端を内方へ略U字状に凹陥し、他端を外方へ略U字状に凸出して嵌合部を形成している点にあると主張している。

しかし、伸縮部材の断面形状がV字状であること、また、伸縮部材の一端を内方へ凹陥し、他端を外方へ凸出して嵌合部を形成していることが、いずれも本願意匠の出願前には全く存在しない新規な態様である場合はともかくとして、伸縮部材の断面形状をV字状としたものは、昭和62年11月30日発行の意匠登録719519号意匠公報(乙第12号証)に記載の図面に認められるのである。また、伸縮部材の一端を内方へ凹陥し、他端を外方へ凸出して嵌合部を形成しているものについても、本願意匠の出願より6年も前の平成2年2月20日に公開された公開特許公報(A)に所載の平成2年特許出願公開第49801号(出願日・昭和63年8月11日)及び平成6年8月3日に公告された特許公報に所載の特許出願公告番号平成6年第57923号(乙第2号証及び第3号証)の第1図ないし第7図に、原告が主張する当該部位について、本願意匠とほとんど同様の態様に現された「道路用伸縮継ぎ手」の図面が掲載されている。この公報に記載の特許出願人は、原告の代表取締役であり、原告はこの点について本願意匠の出願前より既に周知となっている事実を知らないはずがなく、その主張には無理があるといわねばならない。このように、いずれの態様についても本願意匠の出願前より周知の態様であることが明らかであり、新規性もなく意匠の創作としての観点からもほとんど評価することができない。

そして、この種物品の大きさ等も考慮すると、伸縮部材の両端の形状が類否判断を左右するほどに大きな影響を及ぼすところとはいえないことから、審決は、「凸嵌合部の突出の程度も僅かなものであり、凹陥合部については奥まっており、ともに形態全体から見た場合、それほど目立つものとはいえず、類否判断を左右するほどに影響を及ぼすところとはならない。」(審決書5頁12行ないし16行)と判断したのであり、その判断に誤りはない。

(2)  この点に関し、原告は、乙第2号証及び第3号証の第1図ないし第7図に記載の意匠について、その一端の凹陥部は底がなく下方に開口していて、本願意匠の如き伸縮部材本体の底の上に凹陥部の底が設けられた二重底にはなっておらず、本願意匠が看者に対して乙第2号証及び第3号証に記載の意匠とは異なる美感を与えることは明らかであると主張するが、凹陥部の底の有無については、当該部位を注視して気づく程度の極めて微細な差異であり、また、本願意匠の伸縮部材本体が二重底であるか否かについては、意匠の認定は、物品の外観に現された形状についてなされるのであって、二重底にしたことが物品の外観に現された形状に何等影響を与えておらず、いずれの点についてみても、本願意匠が乙第2号証及び第3号証に記載の意匠とは看者に対し異なる美感を与える程のものとは評価することができないから、この点についての原告の主張は失当である。

なお、原告は、乙第2号証及び第3号証に記載の意匠は実施されておらず、周知の意匠ということはできないと主張するが、乙第2号証は、本願意匠の出願より6年前の平成2年2月20日に発行された公開特許公報であり、乙第3号証は、本願意匠の出願より約2年前の平成6年8月3日に発行された特許公報であって、共に刊行物として日本国内に広く頒布されているものであるから、当該両公報に記載の意匠は周知であり、原告の主張は失当である。

理由

1  共通点及び差異点等

本願意匠の認定(審決書2頁2行ないし7行)は、原告において明らかに争わず、引用意匠の認定(同2頁8行ないし15行)は、当事者間に争いがない。

また、両意匠の物品が共通していること(同2頁17行ないし18行)は、原告において明らかに争わない。

そして、本願意匠と引用意匠には、次の共通点及び差異点があること(同2頁18行ないし4頁8行)は、当事者間に争いがない。

(1)  共通点

全体の基本的構成態様において、

(イ)  平面視して略台形状に折曲した凹凸が連続する略帯状の波形板2枚を一定間隔の隙間を設けて立設した点、

(ロ)  この隙間の上端部分には中央を凹溝状に形成した伸縮部材を設け下端部に底板を設けた点、

(ハ)  波形板の凹状部の略中央寄りの部位には先端を下方に向け略L字状に折曲した補強棒を、凸状部略中央のやや下方寄りの部位に直状の補強棒を水平に突設した点

(2)  差異点

各部の具体的構成態様において、

①  伸縮部材の断面形状について、本願意匠は、V字状であるのに対し、引用意匠は、U字状である点、

②  伸縮部材の両端部分について、本願意匠は、一端を内方へ略U字状に凹陥し、他端を外方へ略U字状に凸出して嵌合部を形成しているのに対し、引用意匠は、嵌合部を形成していない点、

③  底板について、本願意匠は、略台形状の底板を立設した略帯状波形板の凹部の下端のみに設けているのに対し、引用意匠は、立設した略帯状波形板の下端に略帯状波形板の波形の奥行きより細幅に形成した帯状の底板2枚を、中央に僅かな間隔を設けて長手方向に並べている点、

④  引用意匠は、底板の表面の略帯状波形板の凹部に接して低い小さな段状部を設けているのに対し、本願意匠は、なにも設けていない点、

⑤  本願意匠は、略帯状波形板の端部下端に接し略L字状を呈する係止金具を設けているのに対し、引用意匠は、この係止金具を設けていない点

2  類否の判断

(1)  当裁判所の判断

本願意匠と引用意匠とにおける上記の共通点及び差異点を総合し、両意匠を全体として考察すると、以下の(2)に判示するとおり、これらの共通する全体の基本的構成態様は、本願意匠の出願前から、両意匠に係る物品である「道路用伸縮継ぎ手」の意匠にあって、引用意匠の他にも見受けられ、両意匠のみに限られた形態上の特徴であるとはいえないが、意匠としての全体の基本的な形態上の特徴を具備していることは否定することができないものである。他方、以下の(3)に判示するとおり、両意匠間の各部の具体的な構成態様における差異点につき、本願意匠の構成態様は、公知意匠と類似したり、一般的な態様を具備しているにすぎないなど新規性に欠け、看者の注意を惹くものとなっておらず、その差異は軽微であり、その類否判断に与える影響は微弱であるといわざるを得ない。したがって、以下の(4)に判示するように、共通点の全体の基本的構成態様が、意匠における形態全体の基調を形成して、差異点を凌駕するものであって、両意匠は類似すると判断されるのであり、これと同旨の審決の認定判断に誤りはないというべきである。

(2)  共通点の評価について

原告は、本願意匠と引用意匠との前記の共通点は、いずれも、本件両意匠に限らず、引用意匠の出願前から存在する甲第5号証ないし第8号証に記載の意匠及び乙第1号証ないし第4号証に記載の意匠も備えているものであり、この種の道路用伸縮継ぎ手の用途及び機能から表出する、この種の物品全体に通用する特徴にすぎず、意匠の価値を見定めるための要部とはなり得ない旨の主張をしている。

原告主張のとおり、本件両意匠の共通点は、いずれも原告が指摘する各書証に記載の意匠にも認めることができ、両意匠の出願前からみられるものであるから、引用意匠独自の構成態様とはいえず、この点は、審決も、「両意匠のみに限られた形態上の特徴を現しているとは言い難い」(審決書4頁14行及び15行)と判断しているところである。

しかしながら、本件両意匠に係る物品である「道路用伸縮継ぎ手」の意匠においては、例えば、乙第5号証(昭和52年5月10日に公開された特開昭52ー56734号公開特許公報)の第1図及び乙第12号証(昭和62年11月30日発行の意匠登録719519号意匠公報)の図面に記載のものにみられるとおり、本願意匠と引用意匠との共通点の(イ)及び(ハ)とは異なる構成態様を採っているものがあることが認められるのであり、原告が主張するように、これらの共通点がこの種の物品全体に通用する特徴にすぎないということができないことは明らかである。

したがって、原告の上記の主張は採用することができず、本願意匠と引用意匠とに共通する前記の構成態様は、意匠としての全体の基本的な形態上の特徴を具備していることは否定することができないものである。

(3)  差異点の評価について

①  差異点①の伸縮部材の断面形状についてみると、乙12号証及び弁論の全趣旨によると、本願意匠のようにV字状の形状のものについても、本願意匠の出願前から普通に知られていることが認められ、この差異は軽微なものであって、意匠の類否の判断において格別の影響を及ぼさないものと認められる。

②  差異点②の伸縮部材の両端部分の嵌合部の有無についてみると、被告が指摘するとおり、本願意匠の出願より6年前の平成2年2月20日に公開された公開特許公報(A)に所載の平成2年特許出願公開第49801号(乙第2号証)及び平成6年8月3日に公告された特許公報に所載の特許出願公告番号平成6年第57923号(乙第3号証)の第1図ないし第7図に、本願意匠の構成態様と同じく、伸縮部材の一端を内方へ凹陥し、他端を外方へ凸出して嵌合部を形成している構成の意匠が記載されており、この構成態様は、本願意匠の出願前に公知の態様となっていることが認められるから新規性はなく、意匠の創作としての観点からも、看者に対して格別の美感を与えるものとして評価することは困難であるといわざるを得ない。

原告は、本願意匠における上記の嵌合部の存在について、引用意匠に限らず従前の意匠が伸縮部材の凹溝の両端を開口させて開放的な印象を与える点と顕著に異なる点であり、前記の共通点(イ)ないし(ハ)を超えて、全体として看者に別異の美感を起こさせる差異となっている旨主張しているが、この嵌合部の構成は、上記のとおり従前の公知意匠で採られた態様にすぎないから、原告の主張は、その前提において失当であり、採用することができない。

なお、この点に関し、原告は、上記の乙第2号証及び第3号証に記載の意匠について、本願意匠とは違って伸縮部材の断面形状がV字状ではなくU字状であり、また、その一端の凹陥部は底がなく下方に開口していて、本願意匠の如き伸縮部材本体の底の上に凹陥部の底が設けられた二重底にはなっておらず、本願意匠が看者に対して乙第2号証及び第3号証に記載の意匠とは異なる美感を与えることは明らかであると主張している。

しかし、まず、伸縮部材の断面形状につき、乙第2号証及び第3号証に記載のものがU字状である点は、原告も自認するように、甲第5号証(昭和57年1月16日に公告された昭57ー2484号実用新案公報)や甲第6号証(昭和57年4月28日に公告された昭57ー20441号特許公報)に記載の意匠にもみられ、一般的な態様であると認められる。次に、凹陥部の底の有無の点については、乙第2号証及び第3号証の第5図には、凹陥部の底の部分まで伸縮部32が延在する構成態様の意匠も記載されているので、原告の主張は、その前提を欠いており、また、本願意匠の凹陥部が二重底である点については、意匠の認定は、主に物品の外観に現された形状についてなされるのであって、二重底にしたことが物品の外観に現された形状にさしたる影響を与えないことは明らかである。したがって、原告主張のいずれの点についても、本願意匠が乙第2号証及び第3号証に記載の公知意匠と比べて、看者に対し異なる美感を与える程のものとは評価することができず、原告の上記の主張は採用することができない。

③  差異点③の底板についてみると、底板が長手方向に連続しているか否かについては、審決が指摘するとおり、道路用伸縮継ぎ手の意匠の観察は、それが重量物でもあることも考慮すると、通常、上方から観察されるものといえることから、本願意匠の底板も長手方向に連続しているように看取されるのであって、この点の差異は、裏面から観察して確認することができる程度のものと認められる。

また、底板の幅及び中央の間隔の有無については、弁論の全趣旨によると、道路用伸縮継ぎ手の意匠の構成態様において、中央に間隔を設けず略帯状波形板の波形の奥行きいっぱいに現している本願意匠の方が一般的な態様であることが認められるから、この点が本願意匠の特徴であるとみることはできず、この底板の差異は、形態全体からみれば部分的で軽微なものというべきである。

④  差異点④の底板の表面の略帯状波形板の凹部に接する小さな段状部の有無についてみると、弁論の全趣旨によると、この段状部を有しない本願意匠の構成態様の方がむしろ一般的な態様であることが認められるから、この構成態様に特徴があるとはいえず、この段状部の有無は、軽微なものであり、類否判断に格別の影響を及ぼすものではないと認められる。

⑤  差異点⑤の略帯状波形板の端部下端の係止金具の有無についてみると、弁論の全趣旨によると、本願意匠に設けられた係止金具の形状は、ありふれた態様のものにすぎないと認められるから、意匠の創作としての観点から、看者に対し格別の美感を与えるものとして評価することができるものではなく、この構成態様に特徴があるとはいえず、この係止金具の有無についても、軽微な差異であり、類否判断に格別の影響を及ぼすものではないと認められる。

(4)  総合評価

以上によれば、本願意匠は、引用意匠と対比した場合に、上記の差異点①ないし⑤を総合した効果を考慮したとしても、上記(3)にそれぞれ判示したことを考慮すれば、その差異は軽微であり、その類否判断に与える影響は微弱であるといわざるを得ず、前記(2)に判示した共通点である全体の基本的構成態様が、意匠における形態全体の基調を形成して、差異点を凌駕するものと認められる。

したがって、本願意匠と引用意匠は類似すると判断されるのであり、これと同旨の審決の認定判断に誤りはなく、原告が主張するその余の点を考慮しても、この判断を覆すことはできない。

3  結論

以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)

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